今日は、うまくまとまらないかもしれません。
きれいな学びやまとめのある記事ではなく、今日感じたことを、そのまま書かせてください。
同じような経験をしたことのある方に、「一人じゃないよ」と届いたら。
それだけを願って書きます。
幼稚園の行事、ダンスの本番
今日は、次男(ASD・6歳)の幼稚園の行事でした。
地元のお祭りのダンスに参加するため、子どもたちはずいぶん前からみんなで練習してきました。今日がその本番。
実は、先生から聞いていました。
おとといの練習まで、次男は一度もみんなと踊っていなかったそうです。
本人に聞くと、「おどりたくないから」。
それでも前日の練習で、初めて少しだけ踊れた。
だから今日は、「本番だから、がんばってみようよ」と何度も励まして、送り出しました。
本番前、輪に入れない次男
本番前の待機時間は、思ったより長くて。
天気も悪く、蒸し暑くて。
まわりの子たちは、友達同士でおしゃべりしたり、遊んだりしています。
その中で、次男は——誰とも話せず、輪に入れず、一人でぽつんと立っていました。
その姿を見ているだけで、もう胸がざわざわしていました。
そして本番直前、次男が「喉乾いた」と言い出しました。
でも、もうステージに上がった後。
「おわったらお茶飲もうね!」と、口パクで合図を返すことしかできませんでした。
曲が始まっても、一人だけ
曲が始まりました。まわりの子たちが、一斉に踊り出します。
でも次男は、踊りませんでした。
曲の間ずっと、こちらに向かって「喉乾いた!!」と、怒りながら訴え続けていました。
結局、最後まで一度も踊ることなく、終わりました。
みんなが立派に踊っているステージで、一人だけ立って、怒っている次男。
正直、目立っていました。
私は「普通のふり」をして、最後まで動画を撮り続けました。
でも心の中では——胸が、張り裂けそうでした。
「喉乾いた」の意味
分かるよ。喉、乾いたんだよね。
だから踊るのも嫌になっちゃったんだよね。
いや——踊るのが嫌で、不安で、それで喉が乾いちゃったのかな。
たぶん、両方だったんだと思います。
暑さと、長い待機と、輪に入れない心細さと、踊りへの不安。
いっぱいいっぱいになった次男にとって、「喉乾いた」は、唯一言葉にできたSOSだったのかもしれません。
あの子は、怒っていたんじゃなくて、助けを求めていたんだと思います。
副園長先生の言葉
ダンスが終わるとすぐ、副園長先生が次男のところに駆け寄って、抱きしめてくれました。
そして、こう言ってくださいました。
「その場にいられただけで、えらかったよ。がんばったね」
……本当に、そうだと思います。
スイミングのとき、階段裏に隠れて、車に立てこもったあの子が。
おとといまで一度も踊れなかったあの子が。
蒸し暑い中、長い待機時間を耐えて、誰とも話せないまま、それでも逃げずに、ステージに上がった。
踊れなかったけれど、最後まであの場に立っていた。
あの子なりの精一杯が、確かにそこにありました。
それでも、悲しかった
でも、正直に書きます。
先生の言葉に深くうなずきながら、同時に、私は悲しかった。
みんなと一緒のことが、できないんだ。
なじめないんだ。
その現実を、目の前に突きつけられた気がして。
次男に友達はできるんだろうか。
幼稚園や学校に、なじめる日は来るんだろうか。
小学校は、支援学級のほうがいいんだろうか。
私はこの子のために、何をしてあげられるんだろうか。
そして——ここで私が「つらい」「悲しい」と感じることは、次男に対して失礼なんだろうか。
母親として、失格なんだろうか。
帰り道、そんな問いが、ぐるぐると頭を回っていました。
悲しんでいい、と思うことにした
一晩考えて、今は、こう思うことにしています。
私が悲しかったのは、次男を恥じたからじゃない。
あの子が輪に入れずに一人でいる姿に、あの子のこれからを思って、胸が痛んだから。
悲しみと愛情は、両立する。 むしろ、セットなんだと思います。
わが子の生きづらさを目の当たりにして、悲しくならない親なんて、きっといない。
だから、この悲しみを「感じちゃいけないもの」にするのは、やめることにしました。
悲しんでいい。落ち込んでいい。
そして同時に、「その場にいられただけでえらかった」も、心から本当だと思っていい。
全部、同時に持っていていいんだと。
「普通」が無理なら、普通じゃない道を探せばいい
次男は、みんなと同じタイミングで、同じことをするのが苦手です。
でも、思い出すんです。
スイミングだって、コーチとお兄ちゃんの寄り添いで、泳げるようになった。
「友達」と呼べる子は少ないけれど、年少からの親友とは、誰より深くつながっている。
あの子のペースは、ゆっくりで、少数精鋭で、遠回りに見える。
でも、ちゃんと前に進んでいる。
「普通」の道が無理なら、普通じゃない道で、あの子が幸せになればいい。
その道がどこにあるのか、まだ私にも分かりません。
支援学級のことも、これから発達検査や就学相談で、時間をかけて考えていきます。
答えはまだ出ないけれど——探し続けることだけは、やめないでいようと思います。
同じ思いをした、あなたへ
行事の日。
わが子だけが踊れなかった。輪に入れなかった。座り込んでいた。泣いていた。
それを「普通のふり」をして、笑顔で撮影していたお父さん、お母さん。
きっと、私だけじゃないですよね。
胸が張り裂けそうなあの気持ちに、名前はつけられないけれど。
少なくとも、あなたは一人じゃないです。私も今日、同じところにいました。
そして、うちの子も、あなたのお子さんも——
ステージで踊れなくても、その場に立っていただけで、本当は、ものすごくがんばっていたんですよね。
同じように悩んでいる方に、少しでも届けばうれしいです。
うちの凸凹家族、今日もなんとかなってます。

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