発達障害の父が、発達障害の子を育てるということ。わが家のリアル

子育て

うちは、夫がADHD+ASD、長男がADHD、次男がASDという家族です。

つまり、発達障害の父親が、発達障害の子どもたちを育てている家庭。

「親も当事者だと、子どもの気持ちが分かって、いい面もあるのでは?」
「同じ特性同士で、ぶつかったりしないの?」

そんな疑問を持つ方もいるかもしれません。

答えは——両方あります。

今日は、発達障害の父と発達障害の子の関わりについて、わが家のリアルを、いいことも難しいことも正直に書いてみます。


「気持ちが分かる」からこその、切なさ

夫は、子どもたちを見ていて「分かる」と感じる場面が多いそうです。

  • 落ち込んだ気持ちを、なかなか切り替えられないところ
  • 気になることがあると、どうしても確かめないと気が済まないところ

「俺も、そうだから」と。

でも、そこで終わらないのが、当事者の父親の複雑なところです。

夫は同時に、「そういうところは、この先この子たちが苦労するところだ」ということも、身をもって知っています。

だから、こう言うんです。

「同じようになってほしくないから、かわいそうに思える。でも、自分でも自分のことをどうしようもできないんだから、この子たちも無理だろうって、諦めてるところもある。もどかしい」

——この言葉を聞いたとき、胸がぎゅっとなりました。

自分の苦労を、わが子がこれからなぞっていくのを、当事者として見ている。
分かるからこその優しさと、分かるからこその諦めが、同居している。

これは、定型発達の親には分からない、当事者の父親だけが抱える切なさだと思います。


夫にしかできない関わり方もある

一方で、「夫だからこそできる関わり」も、確かにあります。

夫は、とても論理的な思考の持ち主です。
心の動きを、丁寧に分解して説明するのが得意なんです。

たとえば子どもが混乱しているとき、私はつい感情的になって、説明も下手になってしまうのですが——
夫は、考え方を段階に分けて、順序立てて、子どもにも分かるように説明します。

「まず、こういうことが起きたよね。そのとき、こう感じたんだよね。それは、こういう理由なんだよ」

こういう説明の仕方は、正直、私にはできません。
特性のある子どもたちにとって、「順序立てて分解してくれる説明」は、すごく理解しやすいようです。


でも、正直、相性が最悪な組み合わせもある

ここからは、難しい面の話です。

意外に思われるかもしれませんが、親子で「同じ特性同士」でぶつかるというより、「違う特性同士」でぶつかることのほうが多いんです。

わが家で一番相性が悪いのは——

夫のASD(こだわり)+ADHD(衝動性)と、長男のADHD(多動・集中の苦手さ)の組み合わせ。

正直、最悪です(笑)……いや、笑えないときもあります。

長男が集中して物事に取り組めないとき、夫は「なぜ集中するための工夫をしないのか」が許せなくなってしまうんです。

自分も特性で苦労してきたからこそ、「工夫すればいいのに」と思ってしまう。
でも長男は、その工夫がまだできない。
そこに、夫のこだわりと衝動性が重なって、強くぶつかってしまう。


ヒヤヒヤする場面も、正直あります

もうひとつ、私がヒヤヒヤする場面。

夫はASDの特性で、「正しさ」への強いこだわりがあります。

だから、子どもが少し間違えたり、ごまかそうとしたりすると——許せなくて、徹底的に追及してしまうんです。

見ている私は、「そこまでやらなくてもよくない?」と思うことがほとんど。

だって、そこまで追い詰められたら、子どもは「パパこわい」と思うだけ。
夫が本当に伝えたかったこと(ごまかしはよくない、ということ)は、きっと伝わらない。

正しいことを言っているのに、伝え方で損をしてしまう。
これは夫自身の生きづらさでもあり、親子関係の難しさでもあります。


「自分優先」になってしまう父親

そしてもうひとつ、正直に書きます。

夫に子どもたちを任せると、夫は自分のことを優先してしまうんです。

食べたいと思ったものは、自分が食べる。
やりたいと思ったことは、子どもがいてもやる。
行きたいところには、行く。子どもを待たせて。

私は「子どもが第一優先」で、自分の都合も予定も子どもに合わせます。
でも夫は、「自分に合わさせる」感じ。

これは悪気があるわけじゃなくて、特性(衝動性や、自分の関心事への集中)から来ているんだと思います。

今は子どもたちも小さいから、なんだかんだ従っています。
でも——大きくなって、それぞれの個性が爆発したら、大げんかになるんじゃないかと、私は密かに心配しています。


まとめ:完璧じゃない。でも、この家族なりの形がある

発達障害の父と、発達障害の子。

「気持ちが分かる」という深い共感がある一方で、特性同士がぶつかる激しさもある。
論理的に寄り添える強みがある一方で、追及しすぎたり、自分優先になったりする危うさもある。

正直、きれいごとでは済まない毎日です。

でも、夫の「同じようになってほしくない」という切ない愛情も、
論理的に子どもに寄り添おうとする姿も、本物です。

完璧な父親じゃない。完璧な家族でもない。
でも、それぞれの特性を抱えながら、この家族なりの形を、毎日探しています。

同じように、パートナーも子どもも発達特性がある、という家庭で奮闘している方に、少しでも届けばうれしいです。
「うちだけじゃないんだ」と思ってもらえたら、それだけで、この記事を書いた意味があります。


うちの凸凹家族、今日もなんとかなってます。

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