あれは、フルタイム勤務を始めて4か月ほど経った頃のことです。
ずっと休職していた夫がようやく転職先を見つけ、新生活がスタートしたタイミングでした。喜ばしいことのはずなのに、そのタイミングで私の仕事も急に忙しくなり、それまで定時(17時半)で帰れていたのが、残業で19時近くまでかかるようになっていました。
家族全員の生活が、同時にガラッと変わった
夫が家にいた間は、私がフルタイムになっても子どもたちの生活リズムはさほど変わっていませんでした。でも夫が働き始めたことで、両親ともに家を空けることになり、子どもたちの生活は一変しました。
小学生の長男は、朝学校に行く前の30分間、初めて一人で留守番をすることになりました。学校が終わった後は学童へ。
そして幼稚園の次男は、平日の朝7時半から夜7時まで、約12時間幼稚園に預けられる生活になりました。
私も夫も通勤に40分かかります。お迎えぎりぎりの19時に幼稚園に飛び込んで、家に帰り着くのは19時半近く。そこから急いでお風呂、食事、明日の準備、片付け、お便りの確認……気づけばあっという間に22時近くになっていました。
子どもたちは朝6時には起きなければならないのに、全然睡眠が足りていませんでした。
毎朝の行き渋りがひどくなりました。
「ママに会えない」 「疲れた、行きたくない」 「みんなは早く帰ってるのに、なんでだめなの?」
そんな言葉を毎日聞きながら、でも働かないわけにはいかなくて。夫の転職に伴う金銭的な事情もあって、共働きは選択ではなく必要なことでした。
頭ではわかっている。でも胸が痛かった。
発達障害の子どもなんだから、定型発達の子よりもっそばにいてあげなきゃいけないんじゃないか。それもせずに働いている場合なの?
そんな言葉が、毎日頭をぐるぐると回っていました。
電気が消えた幼稚園で
そんなある日のことです。
その日も19時ぎりぎりに次男を迎えに行くと、幼稚園につくと職員室以外の電気がすべて消えていました。広い園内に残っているのは、次男と2人の先生だけ。
いつもはにこにこ笑いながら「ママきた!」と飛び出してくる次男が、その日は一切目線を合わせてくれませんでした。口もきいてくれない。先生も苦笑いしていました。
本気で怒っていたんです、5歳が。
家に帰ってもしばらく無言のまま。どうしようかと思っていたら、しばらくして次男がぽつりとつぶやきました。
「さみしかった」
ツー、と涙が一筋流れました。
胸が締め付けられる思いがしました。
その夜、私も泣いた
子どもたちを寝かしつけた後、私もひとり泣きました。
まわらない家事。足りない睡眠。子どもの寂しそうな顔。全部が重なって、もう限界でした。
でも、働かない選択はできない。だったら、変えられることを変えるしかない。
泣きながら、そう思いました。
やめたこと、頼ったこと
① 平日の食事作りをやめた
19時半に帰宅して、お腹を空かせた子どもたちを待たせながら料理するのは無理がありました。手抜きしているようで最初は罪悪感があったけれど、そんなこと言ってられない!と開き直って、冷凍食品をフル活用することにしました。
栄養バランスよりも、今優先すべきは家族の笑顔。そう決めたら、少しだけ楽になりました。
② 両実家にサポートをお願いした
それまでは「夫婦でなんとかしなきゃ」と思っていたけれど、もう無理でした。勇気を出して、実家の両親と義理の両親にお迎えのサポートをお願いしました。
厚意で食事まで用意してくれる日も生まれました。本当に頭が上がりません。
③ 週3日は早く帰れる日を作った
両実家のサポートがある日は、学童や長時間預かりをなくして、子どもたちが早く家に帰れる日にしました。毎日じゃなくていい。週に3日でも、いつもより早く帰れる日があるだけで、子どもたちの表情が変わりました。
しんどかったけど、得たものもある
あれから少し時間が経ちました。
次男は今も朝や夕方に不機嫌になることがあります。でも、幼稚園には通えています。
そして気づいたことがあります。
私と夫だけじゃなく、じいじとばあば、幼稚園の先生、学童の先生……いろんな大人に囲まれて、みんなに育ててもらえているんだなと。
それって、悪いことじゃないかもしれない。
働くパパとママの頑張っている姿を、子どもたちに見せることもできている。
一緒にいる時間は減ったけれど、その分土日は思いきり家族の時間にしています。会える時間が少ない分、密度は濃くなった気がします。
あの夜、次男の涙を見て「このままじゃいけない」と思ったことが、家族みんなで新しいやり方を見つけるきっかけになりました。
完璧なお母さんじゃなくていい。できることを、できる範囲で。
今日もなんとかなってます。


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