発達障害のきょうだい児。長男ばかり我慢させていないか?優しい長男を想う

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発達障害のある子のきょうだい、いわゆる「きょうだい児」の気持ちについて、以前から気になっていることがあります。それは、私たち夫婦が次男(ASD・6歳)の対応に手一杯になる中で、長男(小学校高学年・ADHD)にたくさん我慢をさせすぎていないか、ということです。

「きょうだい児」とは、病気や障害のあるきょうだいを持つ子どものことを指す言葉です。周囲の大人の関心がどうしても障害のある子に向きやすい中で、我慢や気づかいを重ねがちだと言われています。まさにわが家の長男が、そうなのではないかと感じています。

「ごめんね、そこは我慢して」が口ぐせになっていないか

次男は癇癪を起こしやすいタイプで、一度崩れてしまうと落ち着くまでにかなり時間がかかります。だからこそ、日々のスケジュールをできるだけスムーズに進めたくて、次男の癇癪をなるべく起こさせないよう、慎重に段取りを組むことが増えていきました。

そんな中で、長男が「僕はこうしたい」と要望を伝えてきても、「ごめんね、そこは我慢して」「ごめんね、これはこの順番でいかせて」と、申し訳ないと思いながらも次男を優先して物事を進めてしまうことが、正直かなりあります。

優しくて敏感な長男が、自分から我慢を選んでしまう

長男は、はっきり「いやだ」と言ってくれることもあります。でも基本的には「次男がそうしたいなら、僕はいいよ」というスタンスでいてくれることの方が多いんです。

長男はとても優しくて、人の状況や態度をよく見ているタイプです。だからこそ、パパやママが大変そうにしているのを、良くも悪くも敏感に察知しているんだと思います。「今、我慢しなきゃいけない場面だ」と、誰にも言われていないのに、自分で判断して飲み込んでしまう。その積み重ねを想像すると、長男にたくさん我慢させすぎていないか、心配になることがあります。

優しい子ほど、自分の気持ちより周りの空気を優先してしまう。きょうだい児の難しさは、まさにここにあるのだと思います。

わが家で意識していること

完璧な答えは、まだ見つかっていません。それでも、わが家なりに日々心がけていることがあります。

まず、「次男も特別だけど、長男も特別なんだよ」ということを、日常の中で繰り返し伝えるようにしています。「生まれてきてくれてありがとう」「大好きだよ」は、毎日の日課です。

次男ができることが増えたり、優しい気持ちが育ってきているのは、間違いなく長男のおかげでもあります。それを、きちんと言葉にして伝えるようにしています。「次男が優しくなってきたのは、お兄ちゃんのおかげだね」と。

それから、ママと長男だけで出かけたり、旅行に行ったりする時間を意識的につくっています。「自分は大切にされている」と感じてもらえるように、特別な時間を過ごすことを心がけています。

次男にも、同じように伝えています。「生まれてきてくれてありがとう」「大好きだよ」に加えて、「お兄ちゃんが譲ってくれたから、これができるんだよ」「お兄ちゃんはこんな風に考えてくれているんだよ、優しいね」「お兄ちゃんがいて幸せだね」。そして長男には、「次男が弟でよかったね、幸せだね」とも伝えるようにしています。

お互いがお互いの存在に感謝できるように、言葉にして届け続けること。今のわが家にできる精一杯は、これくらいなのかもしれません。

次男の癇癪を止めようとすることが、正しいとは限らないと気づいた

これまで私たちは、次男の癇癪をなるべく起こさせないよう、先回りして気をつかって対応してきました。でも、あるとき疑問がわいてきたんです。それって本当に、次男の成長にとっていいことなんだろうか、と。

これから先、社会に出れば思い通りにいかないことの連続です。いつも周りが配慮してくれるわけではありません。苦労するのは、次男本人です。そう考えると、癇癪を起こさせないよう先回りしてきた私たちの対応は、次男から「失敗する機会」を、さらには「失敗から這い上がる力を学ぶチャンス」までも奪っていたのではないか。そう思うようになりました。

そしてそれは同時に、長男にも我慢させて、悲しい思いをさせていたのかもしれません。

そう考えるようになってから、次男に「思い通りにいかない経験」をさせてみることは、必ずしも悪いことではなく、むしろとても意義のあることなのだと思うようになりました。それで、癇癪を起こさせないように先回りする対応は、あえてやめることにしたんです。

これが正しいことなのか、いいことなのか、正直まだわかりません。大変なことも増えました。それでも、親というのは、自然な順番でいけば子どもたちより先に旅立ちます。残された子どもたちが、自分の特性で少しでも苦労しないために、今のうちに「思い通りにいかない経験」という訓練も必要なのだと信じて、今は向き合っています。

まとめ

きょうだい児の気持ちに、正解の対処法があるわけではないと思います。それでも、「我慢させすぎていないか」と問い続けること自体が、長男への向き合い方のひとつなのかもしれません。

同じようにきょうだい児のことで悩んでいる方に、届けばうれしいです。

うちの凸凹家族、今日もなんとかなってます。

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