うちの夫は、ADHDとASDを併せ持っています。
これまでも、夫のことをいろいろ書いてきました。忘れ物の多さ、正しさへのこだわり、社交的な一面……。
でも今日は、まだ書いていなかったことを書きます。
私が、本気で「離婚」の二文字を考えた話です。
「置いていかれる」家族
夫には、自分のやりたいこと、興味のあることに、とことん集中する特性があります。
これ自体は、前にも「夫のすごいところ」として書きました。でも、その特性が、家族との時間の中で出ると、しんどいこともありました。
たとえば、フードコートに行ったとき。
偏食のある次男が「うどんかラーメンか」で迷っていると、私はいつも、こんなことを考えています。
- 次男が残したときのために、自分は次男が選ばなかったほうを想定して、少し違うものを探す
- 時間を短縮するために、食べたくなくても子供たちと同じ店で買う
- 気が変わったときのために、両方買っておく保険をかける
そうやって、いつも子供優先で、自分のことは後回し。
でも夫は、自分が食べたいものを、自分のタイミングで買いに行きます。
お出かけのときも同じです。私は、行き先も、過ごし方も、いつも子供が楽しめるかどうかを優先します。
でも夫は違います。庭の手入れがしたければ、勝手に始める。公園に着いたら、現地解散。自分の見たい花壇を見に、勝手に行ってしまう。
家族で出かけても、いつのまにか夫だけ、自分の好きな場所へ、自分のタイミングでいなくなる。
いつも、3対1の思い出でした。
楽しかったタイミングにも、助けてほしいタイミングにも、夫はいない。私はいつも、一人で子育てしている気分になっていました。
「正しさ」の追求も、しんどかった
もうひとつ。夫には、物事が「正しくない」と許せないところがあります。
私や子供が言い間違えたり、憶測でものを言ったりすると——
「それって本当?」「なんで知ったかぶりするの?」
そこまで追及しなくても……と思うところまで、正しさを求めてしまう。
一緒にいて、じわじわとしんどくなる部分でした。
一番つらかった瞬間
動物園に行っても、遊園地に行っても、子供たちがぽつりと言いました。
「パパっていつもいないよね」
子供たち3人だけで行動することが、当たり前になっていました。
「パパはどうせ花壇見たいんでしょ」と、最初から一緒に遊ぶことを諦めている様子を見たとき、胸が締めつけられました。
公園で、お友達親子と遊んだときのことです。
「〇〇くんのパパはいつも優しいし、めっちゃ遊んでくれる。いいなあ」
子供たちのその言葉に、何も言えませんでした。
「子供が一番じゃない」という、はっきりした言葉
一番つらかったのは、子供たちの言葉より、夫自身の言葉でした。
私は聞いてみたんです。「子供のこと、もっと優先してほしい」と。
夫は、はっきりこう言いました。
「自分のことが第一優先で、子供が一番ではない」
ショックでした。
私にとって、子供たちは何よりの宝物。その宝物が、ないがしろにされているように感じました。
夫婦って、子供という同じ宝物を、一緒に守り育てていく同志だと思っていました。
でも、どうやら、夫の価値観は違ったんです。
一緒に生きていけないかもしれない。
そう思いました。
それでも、離婚しなかった理由
正直、今も揺れ動く気持ちが、ないわけではありません。
でも、離婚という選択を取らなかったのには、理由があります。
まず、子供たちの姿を見たこと。
「パパだから仕方ないよ」
夫が一緒に行動しなくても、子供たちのほうが、そう言って笑って受け入れていました。
悲しんでいるだけじゃなく、「パパは、そういう人だから」と、あっけらかんと話す子供たちを見て、「大丈夫かもしれない」と思えたんです。
そして、私自身の気持ちの変化。
夫が「自分が一番」と言い切ったこと。最初はショックでした。
でも同時に、こうも思ったんです。
「そういう考えの人もいるんだ」
「それは、いけないことなんだろうか」
私は逆に、自分をないがしろにしすぎていたのかもしれない、と気づきました。
「普通のパパは、こうあるべき」という物差しを、いったん脇に置いて。
「うちのパパは、こうなんだ」と、そのまま受け止められないか。
自分自身にも、子供たちにも、勇気を出して、それとなく聞いてみました。
答えは、さっきの子供たちの言葉の通りでした。
嫌だけど、面白い人
夫の、自分優先で自由なところ。
正直、うらやましくもあり、裏表がなくて、実は好きなところでもあります。
だから、一緒にいたいと思いました。
正直に言うと、今もモヤモヤすることは、なきにしもあらずです(笑)
でも、それも含めて、夫という人なんだと思っています。
同じように悩んでいる方へ
発達障害のパートナーの、直してほしいところ。
それを、丸ごと「直してほしい」と思い続けるのはしんどいです。
でも、もし「嫌だけど、そんなところも面白いな」と思えるなら、それで十分なんじゃないかと、今は思っています。
離婚を考えるほど悩んだ経験は、簡単には消えません。
でも、その先に、こういう形の着地もある、ということを、同じように悩んでいる方に届けられたらうれしいです。
正解はひとつじゃありません。
あなたとご家族にとって、一番いい形を、見つけていってください。
うちの凸凹家族、今日もなんとかなってます。


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