夫の自殺未遂を子供たちが目撃。ADHDの夫のうつと家族の向き合い方

夜9時。

子供たちと一緒に2階の寝室に行くと、部屋は真っ暗でした。

ベッドに夫の姿はない。

「パパ、どこ?」

違和感を感じて、隣のウォークインクローゼットの電気をつけました。

そこにいたのは、首にロープ状のベルトをかけ、ベルトを握りしめて震えている夫でした。

「何やってるの!」

すぐにベルトを奪い取りました。

でも、夫はこちらを見ることもせず、震えたまま。

手は冷たく、ベルトを奪われた手で自分の髪の毛を強く引っ張っていました。

その姿を、長男と次男も見ていました。

「パパ、危ないよ…死んじゃうよ…」

長男は、涙を流していました。

今日は、夫の自殺未遂を子供たちが目撃した日のこと、そしてそこからどうやって家族で乗り越えたのかを書きます。


夫がうつになった理由

夫は、ADHDとASDを併せ持っています。

マルチタスクの多い職場で10年以上働いていましたが、いつも仕事に困難を感じていました。

そんな中、上司からのパワハラでうつを発症。

休職することになりました。

休職期間は、2年半。

その間に精神科で発達検査を受けて、発達障害が判明しました。


休職中の夫

休職中の夫は、「生きていることがつらい」と何度も言っていました。

「死にたい」

その言葉を聞くたび、私の心臓は凍りつきました。

でも、まさか本当に実行するとは思っていませんでした。


夜9時、ウォークインクローゼットで

晩ごはんを終えて、お風呂にも入って、そろそろ寝ようかなという時間。

夫の姿が見つかりませんでした。

「2階の寝室で寝てるのかな?」

子供たちと3人で探しに行きました。

部屋は真っ暗で、ベッドに夫の姿はない。

でも、違和感を感じました。

隣のウォークインクローゼットの電気をつけると、そこにうずくまって、首にロープ状のベルトをかけ、ベルトを握りしめて震えている夫がいました。

「何やってるの!」

すぐにベルトを奪い取りました。

でも、夫は震えたまま、こちらを見ることもしません。

手はとても冷たく、ベルトを奪われた手で自分の髪の毛を強く引っ張っていました。

その姿を、長男と次男も見ていました。

「パパ、危ないよ…死んじゃうよ…」

長男は、涙を流していました。


すぐにベルトを隠した

「大丈夫だから、こんなことしなくていいんだよ」

夫にそう言って、私はすぐにベルトを誰も見つけられない部屋の奥に隠しました。

本当は捨てたかった。

でも、物に執着する夫なので、ベルトを捨てたと知ったらきっとカンカンに怒るか、意地でもゴミ箱をあさるだろうなと思ったので、捨てませんでした。

でも、もう二度とあのベルトは見たくありません。


子供たちの反応

悲しむ子供たちをなだめて、先に寝かしつけようとしました。

長男(小学校低学年)

長男は、それがどういう行為だったのかわかっているので、とてもショックを受けていました。

しっかり抱きしめて、こう話しました。

「大丈夫だよ。パパのように頑張りすぎて疲れてしまって、深い悲しみに陥ることは誰にでもある心の病気なんだ。でも家族が守ってあげれば大丈夫だよ」

次の日、長男から聞かれました。

「あのベルトはどうしたの?」

「パパに見つからない、あなたにも見つからない場所にしまってあるから大丈夫だよ」

そう答えると、いつもはおしゃべりな長男なのに、その時はそれきり静かになって、ぽろぽろ涙を流していました。

それきり、その話題は一切言わなくなりました。

次男(ASD、当時幼児)

次男は、何があったのか半分わかって半分わかっていないといった感じでした。

「首につけたら危ないのにね」

そう言っていました。


一人で抱え込めなかった

夫を一人にすると、何をするかわからない危険な状態でした。

自分も一人で抱えるのはつらいし、怖い。

だから、夫の母に次の日、正直にあったことを話しました。

そして来てもらい、話してもらいました。

ただ、夫本人は、自分の親が自殺未遂のことを知らないと思っています。

「絶対に言うな」と言われていたので。

でも、私は思いました。

自分が親だったら、子供がつらい時に何も知らないことの方が一番つらい。

それに、本当に目が離せなくて、私の生活も破綻しそうだったので、相談しました。

自分の両親にも話しました。

なるべく子供たちが普通に平和でいられるようにするには、周りの協力と配慮がどうしても必要だったから。

そして私自身も大切にしなければ、倒れてしまうと思ったから。


その後の夫

義母が来て話した後、夫は大丈夫なふりをして、前向きな発言ばかりしていました。

あの出来事は話しませんでした。

今も、知らないと思っています。

心配かけたくなかったんだと思います。

病院でこのことを話したら、その時の会社への復職を止められました。

自殺未遂の後、夫は次の日には落ち着きました。

でも、私は毎日毎日「いつ自殺しちゃうんだろう」と考えては、ドキドキして毎晩眠れませんでした。


長男のその後

あれから、長男は過去のその話を一切しません。

覚えているけど、あえて話したくない、話しにくいんだと思います。

普通に接しているけど、どこか遠慮しているなという感じがします。

夜泣きや悪夢はありませんでしたが、「お腹痛い」とよく泣くようになりました。


夫の回復のきっかけ:転職

休職期間が終わり、退職しなければいけないギリギリ1ヶ月前になって、転職活動を始めました。

夫は休職中、様々な障害に関する本を読んでいるうちに、自分のような困ってる人を支援したいという気持ちになりました。また、今までは好きなことを仕事にするということがどうしても勇気がなくてできなかった夫ですが、悩んだ末、自分の今の趣味と、福祉の仕事を掛け合わせた職種の仕事に出会い勇気を出して転職しました。

転職は、かなり大きかったです。

新しいことを始めたこともそうだけど、やっと大嫌いな会社から解放されたのもよかったと思います。

今、夫は自殺未遂のことを覚えていると思うけど、誰も話題に出しません。

むしろ今は、これからのことをたくさん話しています。

会社であったこと、これからどんな風にしていきたいのか。

現在は、大好きな趣味の延長線上の仕事について、毎日夢中になって働いています。

あの頃と比べ物にならないくらい、生き生きとしています。


私が変えたこと:働くということの考え方

夫を支えるために、私がフルタイムで働き始めたのは、このブログでも書いてきました。

でも、それだけじゃありません。

働くということの考え方を、根本から変えました。

以前は、こう思っていました。

「つらくても、安定していて、苦手でも苦痛でも、やらなければいけない」

でも、夫の自殺未遂を経験して、考え方が変わりました。

「自分たちが幸せになるために働こう」

だから、夫の再就職先選びも、給与は下がってしまうけど、興味のある分野、好きなことから探しました。

私は、足りない給料は私が補えばいいと思って、フルタイムで働く決意をしました。


あの時、一番辛かったこと

子供に見せてしまったこと。

夫の変化に気づけなかったこと。

この2つが、一番辛かったです。


今、同じ状況の人に伝えたいこと

① 一人で抱え込まないで

私も最初は一人で抱え込もうとしました。

でも、無理でした。

親に言っていい。

「心配かけたくない」って思うかもしれないけど、親は知りたいんです。

子供がつらい時に、何も知らないことの方がつらいから。

② 大きくジャンプしなくても大丈夫

小さくても、少しずつでも、確実に前に進んでいるから。

止まろうとしないでほしい。

あの渦中にいる時は、先が全く見えなくて、苦しい以外の表現ができませんでした。

でも、手探りで一歩ずつ進めば、何かつかむことができるかもしれない。

諦めないで。


まとめ

夫の自殺未遂を、子供たちが目撃しました。

夜9時、ウォークインクローゼットで、首にベルトをかけて震えている夫。

長男は涙を流し、「パパ、死んじゃうよ」と言いました。

すぐにベルトを奪い取り、誰も見つけられない場所に隠しました。

一人で抱え込めず、義母と自分の両親に相談しました。

夫は転職して、今は毎日夢中になって働いています。

あの頃と比べ物にならないくらい、生き生きとしています。

長男は、あの話題を一切しませんが、「お腹痛い」とよく泣くようになりました。

私は、働くということの考え方を変えました。

「自分たちが幸せになるために働こう」

大きくジャンプしなくても大丈夫。

小さくても、少しずつでも、確実に前に進んでいる。

止まろうとしないで。

諦めないで。

同じように苦しんでいるあなたへ。

一緒に、前に進みましょう。

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