ASDの子が絵が描けない理由。次男が「見本がないと描けない」と気づいた日

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次男(ASD・6歳)は、絵を描くことが大好きで、実は得意な方だと思っていました。それなのに、あるとき「絵が描けない」という場面に何度も出会って、その理由がやっと分かってきたので、今日はそのことを書いてみようと思います。

「思い出を描いてね」で、手が止まった

幼稚園の行事のあと、「思い出を絵に描きましょう」という時間がありました。次男の絵は、いつも描きたいものをとても精巧に描くタイプで、絵を描くこと自体は好きなはずでした。それなのに、その日は一向に絵が進まず、時間になっても描き上げられません。周りの子が描き終えた絵をちらちら見ながら、なんとか仕上げていました。

完成した「思い出の絵」は、正直、いつもの次男が描いたとは思えないほど寂しい仕上がりで、なんだか他の子が描いたものと似ていました。あんなに絵を描くのが好きで得意なはずなのに、どうしてだろうと引っかかっていました。

ワークシートでも見えた、同じ困りごと

その後、似たような場面に何度も出会いました。テーブルだけがあらかじめ描かれたワークシートに「きみはだれと なにを たべたかな?」と書かれていて、自分の食卓の風景を描く課題がありました。また、「きみのまわりには どんな人がいるかな?友達の名前や顔を書いてみよう、友達の好きなところを書いてみよう」という課題もありました。

次男は、どちらの課題でも「分からない」「何を描いたらいいの」ととても困惑していました。テーブルも、友達の存在も、次男はちゃんと知っているはずなのに、それを自分の記憶や想像から引っ張り出して形にすることが、どうしてもできないようでした。

塗り絵でさえ、「正しい色を教えて」

塗り絵をしているときも、同じようなことがありました。「ここの色が分からないからできない」と言って、手が止まってしまうんです。「好きな色を塗ればいいんだよ」と伝えても、次男は「いやだ、正しい色が知りたい」と言って、見本を探し始めます。

そのとき、ふと思い出しました。そういえば次男は、いつも何かを描くときも、作るときも、見本を見ながらやっていたな、と。自由に描いていいはずの場面でも、次男にとっては「正解」がないと、どう手を動かせばいいのか分からなくなってしまうようでした。

WISCの結果と、やっとつながった

次男のWISC(発達検査)の結果では、視空間の力がずば抜けて高いことが分かっています。目で見たものを正確に捉えたり、形や位置関係を把握したりする力は、とても優れているんです。

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ただ、その裏返しなのかもしれません。目で見て判断できるものには強い一方で、目に見えないもの、記憶や想像で自分なりに補って形にすることには、とても苦手さがあるようなんです。「思い出を描く」も「友達の顔を描く」も「好きな色を選ぶ」も、実はすべて、正解のない場所から自分なりの答えを作り出す作業です。次男にとって、それがどれほど受け入れがたいことなのか、ようやく理解できた気がしました。

周りにも、見本や具体的な指示をお願いしている

先日の就学相談会でも、心理士さんから同じようなアドバイスをもらいました。指示は短く具体的な言葉で伝えて、見本やイラスト、写真など、視覚的な手がかりを併用すること。曖昧な表現や比喩ではなく、具体的で分かりやすい言葉を使うこと。まさに、次男が「絵が描けない」場面で困っていたことと、根っこは同じなんだと感じました。

この気づきをもらってから、園や小学校にも、可能な範囲でこうした支援をお願いするようにしています。「自由に描いてね」だけでなく、見本や参考になるものを用意してもらえると助かること。抽象的な指示より、具体的な言葉で伝えてもらえると、次男が動きやすいこと。家庭だけで抱え込まず、少しずつ周りにも伝えていくようにしています。

習い事の先生にも、同じようにお願いしています。「もっと自由に」「いい感じで」のような抽象的な指示ではなく、できれば個別具体的な言葉で伝えていただけたら、という形で。すべての場面で叶うわけではありませんが、次男の特性を知ってもらえるだけでも、周りの関わり方は少しずつ変わっていくと感じています。

まとめ

「絵が描けない」というのは、絵の上手い下手の話ではありませんでした。見本という「正解」がある場所では驚くほどの力を発揮するのに、正解のない自由な場面では、途端に立ち止まってしまう。次男の凸凹を、また一つ知ることができました。

同じように、お子さんが「自由に描いてね」を難しく感じている場面に心当たりのある方に、届けばうれしいです。

うちの凸凹家族、今日もなんとかなってます。

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