ASDの夫との暮らし方。「なにすればいい?」が口癖の夫に気づいたこと

うちの夫は、ADHD+ASDです。

福祉の仕事をしながら、日々いろんなことと折り合いをつけて生きています。
そんな夫と暮らしていて、気づいたことがあります。

夫は、「自由にしていいよ」という言葉が一番しんどいらしい。


「なにすればいい?」が口癖の夫

夫はよく、こう聞いてきます。

「なにすればいい?」

休日の朝。家事のとき。ちょっとした空き時間。

最初のころは、自分で考えてよ、と思っていました。
でも、そうじゃないんですよね。

夫に言わせると——

休日の過ごし方は、自分が何をしたら満足するのかが分からないらしいのです。
自分で選んだことがうまくいかなかったとき、「自分のせいでよくない結果になった」と自分を許せなくなってしまう。
だから、選んでほしい。

家事については、何を察してほしいかを察することができないから、こと細かに指示してほしいらしい。

そういう構造なんだ、と知ったとき、少し見え方が変わりました。


ネギを定規で測って切った夫

面白いエピソードがあります。

あるとき、料理中に夫にお願いしました。

「適当にそのネギ切っといて」

しばらくして見に行ったら、夫が定規を持ってきて、ネギを測りながら切っていました。

「何センチ?って聞いたら、3センチくらいって言ったから」

思わず笑ってしまいました。
でも、これが夫の世界なんだなあ、とも思いました。

「適当に」ができない。

曖昧な指示は、夫にとって指示じゃないんです。
どこまでやればいいのか分からないことが、ものすごくストレスになる。


「自由にしていいよ」が一番しんどい

一度、こう言ったことがあります。

「今日は自由にしていいよ」

夫は、本当に困った顔をしていました。
ひどいときは、分からなさすぎて若干パニックになりそうな様子で。

それを見て、初めて実感しました。

「自由」って、選択肢が無限にあるということ。

ASDの人にとって、無限の選択肢の中から選ぶことは、ものすごく苦痛な作業なんだと。
自由にしていいよ、は、やさしいようで、夫には一番難しい言葉だったんです。


対応:選択肢を絞って、理由とセットで提示する

今は、こうするようにしています。

まず私の頭の中でざっと整理して、「これはこういう理由でやめておこうか」と候補を絞る。
そして残った少ない選択肢を、理由の説明とセットで夫に提示する。

そうすると、夫は納得した上で、その少ない選択肢の中から自分なりに比較しながら選ぶことができるんです。

選択肢が少なければ、選べる。
理由があれば、納得できる。

そして面白いのが——いったん決まってからの夫はすごいんです。

決めたことについては、人よりずっと深く追求して、よりよくしようとする。
ひとつのことへの集中力と熱量が、本当にすごい。

苦手なところをサポートしてあげると、得意なところがぐんと活きる。
そういう人なんだなあ、と思っています。


まとめ:「自由」より「絞られた選択肢」が、夫には自由

「自由にしていいよ」は、やさしい言葉のつもりだった。

でも夫にとっては、広すぎる海に放り出されるような感覚だったのかもしれない。

選択肢を絞って、理由を添えて、少ない中から選んでもらう。
それが、うちの夫には一番「自由」に近い状態なんだと気づきました。

凸凹家族の暮らしは、試行錯誤の連続です。
でも、相手のことを知るたびに、少しずつ暮らしやすくなっていく気がしています。

同じように、パートナーのことで悩んでいる方に、少しでも届けばうれしいです。


うちの凸凹家族、今日もなんとかなってます。

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