うちは、ちょっと賑やかな4人家族です。
診断はないけれどADHD気質の長男、診断を受けてASD特性のある次男、ADHDとASD特性両方を持つ夫。 そして「普通の人」と診断された、フルタイム派遣勤務の私。
今回は、夫の診断に至るまでのお話です。
結婚前は「すごい人」だった
夫は、ちょっと変わった人でした。
でも趣味を極めてしまう人で、私は素直に「すごいな~」「器用だな~」と感心していました。集中力もすごくて、一度のめりこむとプロ並みになってしまうんです。洋服、音楽、植物…今は植物にハマっています。
その集中力も、器用さも、今も変わらず尊敬しています。
当時の私は、発達障害という言葉もあまり身近ではありませんでした。イメージとしては「知的障害のある子」くらいにしか思っていなかったので、まさか夫がそうだとは思いもしませんでした。
結婚後、少しずつ「あれ?」が増えていった
結婚して一緒に暮らすようになってから、「ちょっと変わってる」では説明できない場面が増えていきました。
店員さんとのトラブルが多い
夫は、正しいことにとてもこだわります。
お店で適当な対応をされると、納得がいくまで話し合おうとします。「まあまあいいじゃん」と思ってしまう私とは対照的でした。
でも面白いのは、相手が非を認めるとすっと怒りが消えることです。「誤った行動を理解して認めてくれたなら大丈夫です」と、何事もなかったかのように穏やかになります。
あいまいな指示が通じない
「ごみ捨てしといて」とお願いすると、捨てることしかしてくれません。
ごみ袋を新しくセットする、という次の行動がどうしても出てきませんでした。言葉通りにしか動けなくて、「察して」が一切通じませんでした。
最初は「なんでわかってくれないんだろう」と思っていましたが、だんだん「そういうものなんだな」と思うようになりました。
興味のあることになると、声が聞こえない
好きなことに集中しているとき、こちらの声が全く聞こえていません。
何度呼んでも反応がなくて、最初は無視されてるのかと思いましたが、本当に聞こえていないんだとわかりました。
そして好きなことになると、知らない人にも話しかけて仲良くなってしまいます。人見知りとは無縁の人でした。
なんとなく変わり者オーラが出ていて、周りからも「変わってるよね」とよく言われていました。
次男の診断がきっかけだった
次男が3歳のとき、ASDと診断されました。
そのころ夫は、仕事の困りごとや上司からのパワハラに耐えきれず、うつ状態になって休職していました。
仕事でマルチタスクが苦手なこと。正しいのに正しいと言ってはいけない、社会のルールのようなものに疑問を持ち、生きていくことに困難を感じていました。
結局、2年半休職しました。うつ状態のため、精神科に通っていました。
「もしかして…」と思った
次男の診断を受けて、発達障害について調べていくうちに、夫のこだわりや生きづらさが重なって見えてきました。
「もしかして、夫も発達障害なのかもしれない」
私は、夫の精神科の主治医に相談してみました。
検査を受けてくれた
夫は、発達障害の検査を受けることにさほど抵抗はありませんでした。
むしろ「幼少期から今まで生きづらかった理由がわかるかも」と、前向きに受けてくれました。
診断が出たとき、私は「やっぱりね~」といった感じでした。特にショックはなく、むしろ納得がいきました。
夫はというと「本当に?つらいのは弱いからじゃない?我慢が足りないからなんじゃないの?先生のさじ加減で変わるんじゃないの?」と、しばらく疑っていました。
精神障害者手帳の等級は2級でした。日常生活を支援してもらわなければいけないレベル、とのこと。確かに、私が手厚くサポートしていました(笑)。
徐々に本人も「やっぱそうか~」と言い始めました。
夫はADHDとASDの併発ですが、ASDの困りごとが大きいように感じています。
診断がついて変わったこと
診断がついたことで、夫の生きづらさに「理由」ができました。
正しいことにこだわるのも、あいまいな指示が通じないのも、店員さんと揉めるのも、全部、特性でした。
それがわかったからといって、困りごとがなくなるわけではありません。
でも、「なんでできないの?」じゃなくて、「こうすればできるかも」に変わりました。
今も夫は変わり者オーラ全開で、趣味を極めて、知らない人と仲良くなって、正しいことにこだわっています。
それでも私は、やっぱり「すごいな」と思っています。
診断がついて、夫の生き方に名前がついただけ。
夫は夫のままで、私はそれでいいと思っています。
夫の特性に気づいたきっかけについては、こちらの記事にも書いています。
→ [夫もADHDだった。次男の診断がきっかけで気づいたことへのリンク]


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